幻の味
忘れられない味がある。
それは、有名店で出された料理でも、母の味でもない。
ただひたすらに美味しかった!という記憶だけが残っている。
友人の母が作った、鮭のマリネである。
友人の実家から届いた荷物の中に、それはあった。
娘のために作ってくれたであろうマリネ。
幸運にも、その時ちょうど友人と一緒に部屋にいた私は、ご相伴に預かることができた。
一口食べてびっくりした。
本当に美味しかったのである。
一口大に切られた鮭は少し焦げ目がついており、スライスした玉ねぎと共に甘酸っぱいマリネ液に漬けこまれていた。上にはうす切りにしたレモンがのっていて、それもまた美味であった。
母からお米や野菜が送られてくることはあっても、料理そのものを送ってもらったことは一度もなかった私にとって、それは美味しさと驚きの二重の衝撃であった。
それから幾年。
大学を卒業して10年以上。
料理もあの頃より少しは上達しているはずではあるが、何度もあの味を再現しようと試みたものの、未だにできていない。
友人の母が娘を思って作ったように、味付け云々よりも、誰かを思う気持ちが私には足りないのかもしれない。
夏が来て、さっぱりしたものが食べたくなるといつもあの時の鮭のマリネの味を思い出す。
いつかあの味が作れるようになれたらいいなと思った。